~アテネの女神の贈り物~

「最下位は・・・ごめんなさい、みずがめ座のあなた!」

テレビ画面からアナウンサーのわざとらしく申し訳ない風の声が聞こえてくる。

テレビの占いなんて所詮エンターテイメントで、信じるなんてバカバカしいと思っていても、つい見てしまい、そしてその結果など気にしないと自分に言い聞かせながらも、深層心理では一喜一憂してしまう。
私は盛大に溜息をついた。

「でも安心してください!そんなあなたのラッキーアイテムは、水色のシャツです!」

私は時計をちらっと見て、バタバタと今着たばかりの淡いピンクのシャツを脱ぎ捨てて、水色のシャツに着替えた。
自分でも何をやっているんだろう、と思ったが、今日というこの日は、幸運でありたかった。

年度末が近づき、部署異動の発表がされるのだ。
希望の部署に配属されないまま、早 5 年。毎年希望を出しているのに、なかなか通らず、今日こそは、と思っていた。

ペルソナ

「・・・はぁ・・・ダメ、か・・・」

出社して、私は小さく溜息をついた。
わざわざ着替えてきた水色のシャツが目に入り、バカみたい、と泣きたくなった。

今年も、希望部署への配属の希望は潰えた。

なぜだろう。
私の何がいけないんだろう。
努力が足りないというのか。
それとも運が無いだけだろうか。

悶々とした想いを抱えて、それでも私は与えられた仕事をこなしていく。
自分では努力しているつもりだった。
言われたことに全力で取り組み、ミスのないように細心の注意を払い、指定期日よりも早くに仕上げた。

それでも、希望部署へ配属されない。
こうなったらもう、運頼みしかないじゃないか。
毎日、そんな事を考えながら家路についていた。
そんなある日、珍しく仕事でミスをして、ますます落ち込んだ気分で、私は何か救いを求めて百貨店に迷い込んだ。
何かにすがりたかった。私は気付けばパワーストーンの店に足を踏み入れていた。

本真珠に蒔絵をデコした幸せジュエリー
First Pearl Origin
いつも身につける、
ちょっと特別な日にも身につける。

「自分に自信を」
「仕事で成功する」
「キャリアアップの効果がある」

など、様々な効果があるパワーストーンを目の前にしたが、なんだかどれも胡散臭くて、どうせこんなものじゃ、私の不幸に満ちた人生は変えられない・・・と投げやりになり、店を出た。

その店の目の前に、小さなパールを扱うアクセサリーショップがあった。
混沌としたパワーストーンの店から出て、キラキラとした美しいディスプレイに心洗われたような気持ちになり、その可愛らしさに引きつけられた。

「プレゼント用ですか?」

穏やかな口調で、優しそうな店員さんが声をかけてきてくれたので、私は思わず「いいえ!自分用です!」と答えてしまった。
「見ているだけです!」と言いたかったのに、なぜか勢い余って「自分用」と言ってしまったのに、自分でも戸惑った。

そして、その恥ずかしさを取り繕うために「可愛らしいですね!」と言葉を繋げると、店員さんは親切そうに言葉をつなげてくれた。
「こちらのパールには蒔絵が施されていて、少し珍しく個性的なデザインとなっています」

「蒔絵?」

「はい、日本の伝統技能を用いたもので、パールの表面にオリーブや波などの模様を入れているんですよ」

「さりげないですね」

「はい、このさりげなさがポイントで、華美にならずに日常使いできるのが魅力なんです。パールというと、冠婚葬祭で身に着けるイメージが強いですが、蒔絵を施すことによって日常を特別に彩りたい時にピッタリのアクセサリーに仕上がりました」

「・・・でも、パールじゃ、なんていうか、パワーストーン的な、そういうのは無いですもんね・・・」
自分でも何を言っているんだ、と思いながら、私はなぜかそんな事を口走った。

「パワーストーンと言いますと、幸運や開運などでしょうか」

「い、いえ!!なんでもないんです!すみません・・・」

店員さんはニッコリ笑うと、こう言った。
「パールそのものにも美しさを引き出したり、健康になったり、それから魔除けなどの効果がありますよ。パワーストーンとしても重宝されています。それに、FIRST PEARORIGIN の蒔絵には様々な意味や願いが込められています」

そして、ひとつひとつの蒔絵の意味を説明してくれた。
その中でも、私に刺さったのはオリーブだった。
「オリーブは、平和や知恵、そして家庭の安寧などを意味していますが、もうひとつ、勝利の象徴としての意味も持っています。アテネの女神が人々に贈ったオリーブは、様々な用途で使えることから知恵の象徴となり、また、オリンピックの勝者に贈られたものとして勝利の象徴にもなったそうです」

「様々な用途・・・」


「ええ、オリーブの木はとても丈夫なので家具や食器に、葉はお茶に、実は食用に、そして油は食用だけでなく明かり用や薬用に、ひとつで様々なことに役立つんです」

「そして、勝利・・・」
これだ、と思った。

私には何か足りないと思っていたけれど、もしかしたら「言われたことは完璧にこなすけれど、それ以上のことはしない」というところから抜け出せていなかったのかもしれない。
もっと様々な用途で役立てるような人になれば、あるいは、希望の部署への異動という勝利を手にすることができるかもしれない・・・。

そして、目の前のパールの美しさと可愛らしさを身に着ければ、なんだか自分自身を鼓舞してくれるような、そんな不思議な気がして、私は気付いたらオリーブの蒔絵が施されたパールのネックレスを購入していた。

早速職場へつけていくと、本当に不思議なことに、なぜだかやる気に満ち満ちて、いつも以上に色々なことに気付いた。そして、気付いたことを仕事にも生かして、自分からできそうなことにどんどんチャレンジしてみた。

泣き言を言って、テレビの占いに一喜一憂し、ラッキーアイテムに振り回されていた私はもういない。パールとオリーブの力に後押しされて、私は「自分で努力する」ことを実践した。

私が変われば、周りも変わる。

それも実感できた。私が今まで以上に努力して、どんどん成長していこうとする様子を見た先輩や同僚は、私のことを支えて、応援してくれた。そして、私の働きぶりを上司たちの耳に入れてくれるようになった。

そんな私に奇跡が起こる。


次の部署異動の発表を待たずに、希望部署への配属が決まったのだ。

その部署でバリバリ働いていた方の妊娠が分かり、急所空きが出たらしく、引き継ぎの都合もあり、私に声がかかったのだ。

私は天にも昇る気持ちだった。

自分自身を認められた歓びで胸がいっぱいになった。
いつも胸元から応援してくれて、勇気とやる気をくれたパールのネックレスを、私は異動先への初出社日にも身に着けて、鏡の前で自分に自信を与えるようにニッコリと笑ってから「よしっ」と気合を入れた。